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冷えすぎたカナダ・トナカイはインディアンの仲間だったらしい
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「お前さんちのせがれ、でかくなったらウチで働かねえかなあ。才能あるぜありゃあ」

 家具屋の恰幅の良い親爺が、自作の椅子にどしりと腰掛ける様子を眺めながら女は口角を上げた。
「さああどうだろうね、本人に訊いてみなかったの?」
「いや訊いたよ、それとなーくな?したらこっちを見はするんだけどきょとーんとしてよお。あっこりゃだめだと思ってはぐらかしたんだよ。いやさ、乗り気じゃねえのか考えてたのか俺にゃわかんねえでさ」
「あの愛想の無いのは本当、あんたにもあの方にも似てないねえ。変に肝の据わったとこはあんたに似てるけどね」
「愛想無いかい?無口なだけだよ。親爺、あんたそりゃ聞いてなかったから振り向いただけだよ、帰ったら訊いといたげる」
「解んのか、さすがだなあ。立派に母ちゃんしてんじゃねえか」
「まーね」
 花瓶を磨きながら口を挟んできた女房に笑い交じりに反論し、親爺の賞賛に自慢げに胸を張って見せる。窓の外では朝から昼へと空がほんの少し色を変えていく。久方ぶりの晴天の心地よさも手伝って、談笑は穏やかに弾んだ。
「あんた今は、ええと?」
「25」
「25!そうか、まだそんなもんか」
「5年も経ったんだけどね。ああでも、短かったかなあ、あの子居たし」
「懐かしいねえ、あんたが子育てなんてまめな事出来んのかってみんなで世話焼いてねえ。…みんなでお墓も作ったしねえ」
「いやほんと、感謝してんのよ?これからもよろしく。墓の手入れなんか特にちょっと忘れっとすぐ葉っぱまみれだし」
「お前なあー、一番忘れねえような事忘れんなよ」
「そうだよ、また泣くよ、あの方は」


 5年経ったのだ。
 現実味を失いつつある存在は、それでも息子を見れば確かに心に不思議な感覚を染み渡らせる。神格化というほどの盲信はもとより関係の中に無かったと自覚していたが、こうも大きく自分の中に残るとは強ち否定もできないだろうか。
 覚悟していた喪失感は無い。無性に涙が溢れるでもない。


「でもね、愛想は無いけども。あの子は、やさしい子だね」
 窓の外で何やら小鳥と戯れている淡い金の髪を、笑みに細めた目で見つめながら、家具屋の女房が呟く。
「そこは、あの方にそっくりだよ」


 薬指にはめた少し緩い指輪の感覚を確かめて、女は応えて微笑んだ。
「…そうだね」




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