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「…おまえ、器用だねえ」
小さな背中を丸めて黙々と作業に没頭する息子を背後から覗き込んで、女は感嘆の声をあげた。
木型にでもするのだろう、先日家具屋の親爺から譲り受けた木片には中心をとる為の直線と子供なりの大雑把な描線が木炭によって引かれている。とはいえ既にナイフの入れられたそれには完成を予想させるほどには描線は残っておらず、丁度ディティールとなる線が描き込まれるところだった。息子は口は開くことなく、ただ手を止めることで声に答えた。
「そこで親爺に会ってさ。ナイフ使い見てもらってんだって?感心してたよ」
「…」
「んで、一生懸命何作ってんの?」
息子が“作品”から手を退けたのを確認してから肩を抱き寄せる。折角手を掛けているのだ、余計な線や傷を増やすことは見守る側としても避けたい。
この息子は実に無口である。
言葉を覚え始めてから少しの間は、人間として本能的にか、単語を並べてよく喋っていたがそれに一通り慣れるとすっかり口を開かなくなってしまった。その当初こそ様子を見守っていた村の者達は父親の不在の影響を案じて気を揉んだが、のちにそうして同情の涙を流す村人をむしろこの親子が慰めるなどという奇妙な状況を生んだ。誰に対してもどの話題でも変わらぬ様子からも、どうやら単に性格と判断して相違ないらしかった。
また彼は実に平等である。だから母親に対しても、実に無口である。
「…」
「出来てからのお楽しみ?」
見上げてくる大きな瞳が自分のものと同じ色をしていることで、それだけで幸せに感じる自分は若干どうかしているのだろうと女は一人でくつくつと笑った。
「ま、怪我とかしてねんならいいけどさ。頑張って完成させなよ」
「…ゆび」
「んん?」
「…」
母の手をとって指をじっと見つめる。
「…ほそかった、おもったより」
そうしてぽつりと、雫を落とすように呟く。その言葉に女は暫しきょとんと息子の挙動を眺めたが、木型に目を遣って思わず「あ…」と吐息とも呟きともつかぬ声を漏らした。
(ねえ、見てる?)
(あんたきっとこいつを見たら感激して泣くんだろうね)
(独り占めしてごめんね)
(愛してる)
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