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冷えすぎたカナダ・トナカイはインディアンの仲間だったらしい
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 肩の上がすっかり定位置になってしまったドラゴンの赤ん坊はともかく、である。

「…………」

 色々と複雑な心境を一身に託して投げられた一瞥は、それでも機能したとはいえないようだった。
 夜の闇をそのまま絵の具にして塗りたくったようなけものは少年の歩幅、歩調を器用に見抜いて、距離を縮めることも広げることもせず、そう、他に言いようが無いから、はっきりと「尾行している」と表現しておく。少年が振り向けば風に攫われるようにかき消え、そのまま目を凝らすと近くの岩陰だとかそういうところに収まっている。最初のうちはおそらく、消える瞬間に同じく空気に溶けるようにして気配を消しているのだろうが、いかんせんそのけものは未熟に見える。潜んでいるらしい場所を15秒でも眺めていると、毛足の長い尻尾の先がゆらりとはみ出て風に揺れている。
 ドラゴンはかれのことを気に入ったようだが、かれはどうやらそのようには見えない。こうして歩みを進める今かれが、隣とまでは望まないがとにかく、視界に入ろうとすらしないのはおそらく少年の肩に陣取る赤ん坊が原因なのだろう。
「……ついてくんの、こねえの、どっち」
「待たれよ!某は決して若が御思いのような不届者ではござらん!某が御側に馳せ参じえぬには如何ともし難いわけが」
 若?
 少年は考えることをわりと頭から諦めていたから特に疑問を口に出すこともなかった。
 立派な幹からはみ出した尻尾に、いつもよりはすこし声を大きくして釘を刺す。
「べつに、いつ帰っても遊び来ても、いい」
 少年の耳元で、ドラゴンが高い鳴き声に賛成の意を乗せる。思わず耳どころか頭ごと幹の影から飛び出してしまうあたり、けものを未熟と評するに異論は無いことだろう。あまりしかと姿を見たことが無かったからたった今気がついたが、けものはどうやら狐だとか狼だとか、そういったもののようだった。
 まん丸く開いた目が間抜けに瞬かれる様子はいかにも人間じみていて、珍しく少年にとってもすこしおかしかった。
 かといって微笑むわけではないのだが。
「…と、…お、仰りますと?」
「…べつに、行きたけりゃどっか、行きゃいい」
「し、しかし某は若の御側にお付き申し上げねば…」
「……なんで?」
「なんで!?」
 3倍近い声量で復唱されて少年の眉間にわずかに皺が寄る。彼の短い人生の中ではあまり付き合いの無いタイプである。
 少年のこの言い草にもっともらしい意訳をつけるのなら、捕獲したつもりは無いし付き従われるのも柄にも無いし、とにかく無理に追ってきているのなら何もそうする必要は無いのだから、けもの自身の好きにすれば良いと、そんなところだろう。実際意図するところはそれに近い。彼の母親のスタンスに同じく、少年はあまり堅苦しくものごとを捉えることはしない。ただ彼の場合、発言の絶対数が平均を大きく下回るものだから時折こういった収拾のつかない事態を招く。
「…かあさんが、ふつういつもこの辺…歩いてるから、…家あったじゃん、あれ、…いつもは俺あっちに、いるから」
「むっ?然様で?」
「だから、遊び来たければ、来りゃいい」
 また紅茶くらいなら振舞う、と、けものも今度こそはその意図をようやく汲み取ったらしい。
 けものは少し前に突然やってきて、扉に衝突してのびていた。少年の後を追ってきたらしいけものはその身を驚くほど夕闇に溶かしていて、ドアを開けるや母親が感嘆の声を上げていた。ところどころ白っぽく光る毛が夜空を彩る星のようだと、本人が目を回しているのを良い事に無遠慮に腹や頭を撫でる母親を、少年はただ後ろから覗き込んでいた。ちょうどコゼーを被せたばかりだったティーポットをおもむろにマグに傾けていたら、香りが風に乗って届いたのかけものの鼻がひくひくと動いていた。
 それから後のことは少年は知らない。母親とドラゴンの赤ん坊と、それからけものの分のマグにそれぞれ紅茶を注いだら、自分のレモンティーをぐいと飲み干してベッドへと引っ込んだ。
 はぐれた連れを探して普段の2,3倍は歩いた日だった。自覚は無けれど疲れきっていた少年はけものの正体を知る前にすっかり深い眠りに落ちてしまった。
 村の仕事の夢を見たのは覚えていても、尾行されるまでの経緯には覚えが無いのだ。
「かっ…、忝うござる!斯様な御許し、光栄の極み!やはり若は御母上の御子息にございますな!」
「…………」
「否しかし某、少なかれ此度の旅路はこの力、若に捧げ申し上げるゆえ。御母上の御申しつけを全うしてこそ漸く若の御言葉も頂戴出来ましょうぞ!」
「……………」
「きゅうう?」
「ええい、赤子!お、おおおお主某に向けて口を!口を開けるでない!何時炎が噴かれるかと気が気でない!」
 ひとまず尾行の件の決着はついた。ドラゴンとけものによる優劣の明白な口論に口を挟むでもなく、少年はしばらく止めていた足を踏み出した。
 けものは実に多弁であった。この島の話、紅茶の話、違う種類の茶葉の話、けもの自身の話、とにかく話題に困らない。感心こそすれろくに返事をしない少年の、不可視の相槌にも随分早く気がついた。ほんの少し空いた間に入るべきことばをけもの自らが補うと、むしろ少年がそれに驚かされた。その様子をおかしそうに笑うドラゴンにはいちいちぴしゃりとお叱りを叩きつけるのだが、けものはどうしても戯れに噴かれる炎の息が恐ろしいらしかった。



 もう随分日が傾いて、遺跡らしく足元が床に覆われる場所に着いた頃だった。
 何気なく尋ねられた質問に、少年は長い睫毛を伏せてすこしばかり沈思していた。答えたくなければ、と断りを入れられたが、少年は考えた。

 薄暗闇の中に新手の姿をぼんやりととらえながら、少年はやがて呟くように答えた。

「…とうさん、…会ったことない」


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