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「なんで村から南瓜届いてんのかなって思ってたのよ。ハロウィーンね、そっかそっか」
帰って来るなりひとつ手を叩いてそう言ったきり、母親はキッチンに籠った。
惰眠を貪っていたところを叩き起こされた息子は、決して良くはない機嫌を躊躇なく顔に出しながら、預けられたメモに目を通す。ドアを開けた途端視界を白ませる朝の光に灰にされる心地で、寝惚けて片手に引っ掴んでいた枕を家の中に放った。
「母君は如何されたので?」
足元をマフラーか何かがしゅるりと包むような感覚があって、はっきりと人の言葉を乗せた声が届く。マフラーが喋った、と一瞬でも思ってしまったことは口に出さない。息子がメモを片手に目線を落とすと狐が丁度ドアと足の隙間に収まっていた。
「昨日の帰途に急に大声を上げられたゆえ、何処ぞ傷など負われたのかと」
「……忘れる、くらいなら、…張り切んなきゃいいのに…」
「と…仰いますと?」
「……毎年、こういう行事…やるから」
呆れたような疲れたような声と顔に、狐もようやく意味を汲んで苦笑した。
ハロウィーンだのバレンタインだのという行事は本来親子の生まれ育った「花の村」には無い。ただ祭り好きな人々であるから、そういった外来の文化に興味を惹かれないはずもない。この母親も例に漏れず、季節の折になんだこうだと、特に菓子や食事にこだわりを持ちたがる。そのわりに行事の正しい意味や作法、ひいては日取りまでも、たいして覚えていないのだから息子にはその大事ぶりが解らない。
そもそも南瓜が届いた日に彼は気づいていたのだが、母親が首を捻る様子に呆れて口を出さなかったのがいけない。
それが今になってばれたのか、メモには調味料や食材の名前が並べられ、使いを命じられていることは明らかだった。
「土産も多くなりましょう、お供致しますぞ」
「…ん」
礼を呟いて狐の額を撫でる。
母親があの調子ではそれこそテーブルに乗る一式が完成するまでは探索も進まないだろう。どうせ調達のついでにぐるりと遺跡を回る事になるし、例の不思議な連れにも母親の奇行についての説明責任がある。
少年が恨めしげな視線をドアに投げると、甘い匂いにはしゃぐドラゴンの声が聞こえた。
ひゅうと風がひとつ吹けば、いつの間にやら随分下がったらしい気温を体の芯に感じる。冬がくるのだ。
今度は樅の木を探してこいなどと言いつけられる前に、それらしい目星でもつけておくべきだろうか。
とろけそうな思考の中で、少年はぼんやり、それだけ考えた。
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