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冷えすぎたカナダ・トナカイはインディアンの仲間だったらしい
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 たいした傷も無く帰還した様子にこの母親ときたら、一言目にはこれである。

「おーう、おもしろくない」

 目に見えて表情が変化した息子の、半ばまで降りた瞼の下から覗く飴色の瞳はそれこそ口ほどにものを言っていたが、母親の意には介さないようだった。部屋中に甘ったるい香りを振りまくハニー・ミルクを、彼女がスプーンでゆるりと掻き回すと、息子の肩に乗るドラゴンの赤ん坊が興味深そうに鼻を寄せた。こじんまりとしたテーブルの上にはオレンジとイエローのマグが二つと、一回り小さなアイボリーのものが一つ並べられている。
「寒かったっしょ、ちゃんとあったまって寝た?」
「……レーチェ、いたし」
「そ、よしよし。ん?名前つけたの?」
 噛み合っているやらいないやら、それでも会話はつまずくこともない。息子がマフラーを取る傍ら床に降りたドラゴンを母親が抱き上げれば、彼だか彼女だかわからないが、赤ん坊は満足げに喉を鳴らした。
「よーしレーチェ、あんたの椅子はこれだあ」
 足元がぶらついたまま宙を移動するのが楽しいのか、ご機嫌にはしゃぐドラゴンをそのまま少し背の高い椅子に座らせる。白いマグに注がれた念願のそれに鼻を近づけて、すっかり甘い香りに夢中である。
 閉め損ねたドアのノブに手を掛ける息子に、母親がブランケットを放った。
「さって、冒険がどうだったか聞かしてもらおっかなー」
「………」
「ん?」
「……もっかい行く」
「なにい」
「…オーレリア、…合流するまで」
「ああんよかったマイサンにも人並みに少年心あって」
 やっぱ行動範囲は広げてみた方がいいやね、などと一人感心する母親の反応をひとまずオーケーと見なしてか、息子は心なしか安堵した様子でドアを閉めた。本当はこの母親に限って否定されるようなことは無いと彼自身も解っているのだが、こういった状況が今まであまりに少なかったから問答を試すには丁度良かった。
 ところでただドアを閉めたにしては奇妙に大きな音が出たような気がしたが、考え事をしていたせいか既に記憶が曖昧で、まあいいかと結論に至るまで五秒とかからなかった。
「ほれおいで、あったまんないと」
 頷いて、ブランケットを肩に掛けたままドラゴンの隣の椅子を引く。イエローのマグを両手で包むと、指先まで冷えていたことに初めて気がついた。

 オレンジのマグをそのままに、まだ部屋の中を歩き回っている母親にふと目を向ける。
 すこし首を傾げる息子に肩を竦めて見せて、母親はテーブルに新たにインディゴのマグを置いた。
「なんかお客人いるみたいだから」
 三度ドアを開けると、勢いよくぶつかったままの形で、黒い毛皮の“客人”が倒れこんだ。

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